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​猪股 研二

代表理事

電話

080-6138-1652

Eメール

​  12歳から施設や親戚の下で生活し、

 親戚死去後、13歳から自立支援施設で生活し、

 18歳に施設を退去後、大阪に出る。

2010年  株式会社 U-rims にて、

     芸能人、要人の身辺 警護を行い、

     格闘技に励む。

2016年  三重県伊賀市の自立支援施設

     NPO法人 えんに入社。

​2022年  日中はえんで働きながら、

     夜は他法人のグループホームで働く。

2023年  えん  ソーシャルキャンプ

     (グループホーム) 開所。

     管理者 として勤務する。

2024年  一般社団法人 道  設立

     えん  ソーシャルキャンプから事業譲渡され

     みち  ソーシャルキャンプを開所する。

2025年    みち  ソーシャルキャンプ  中川ハイツ

     みち  ソーシャルワークス  名張 

​     を開所する。

自分で自分の人生の道を選ぶことができる世界であってほしい

来歴

 小さい頃から自分に生きている意味が見つけられずに早く死にたい、生きていたくないと考えていました。何度か自殺を試みては、いろいろな人に迷惑をお掛けしたことがありました。早く働いて自立して、自分でご飯が食べられるようになりたい、人に認められたい、と小学生時、強く感じていました。

 12歳で入った施設にて、高校生に集団リンチを数か月うけ、施設退所後、親戚に預かっていただきましたが、数か月で親戚がガンで亡くなってしまい、精神病院か更生施設にはいるしかないとの選択肢がある中、自立支援施設に入所することになりました。その時点で精神的にとても疲弊しており、人としゃべることができませんでした。カウンセリングを受けた時点では自閉症やASD、鬱の症状を伝えられていたそうです。睡眠薬が入ったスープを配膳され、苦いなと思いながらスープを飲み、気が付いたら手足を拘束され、自立支援施設に向かう車の中でした。

 13歳から自立支援施設に入所後、まずは他人と言葉を交わす練習からしないといけませんでした。1年ほどは周りの人のようにうまくしゃべれず、宇宙人とからかわれる日々が続きました。自分と同じような環境の方や、いろいろな特性を持たれている方、非行を行い入所された方、様々な方がおられる中で、毎日、日々の作業に勤しみました。毎日のように厳しく怒られ、つらい日々でしたが、自立し一人で生きていく方法を夢見ていた自分にとっては、泣きながらでも必死に毎日、学びました。施設職員の方が心身を削りながら全力で生きていく方法を教えていただいていることを肌身で感じていました。今でも感謝を忘れられません。15歳時 中学3年生の3学期から学校に通うことを許され、高校卒業まで支援していただきました。

​ 高校卒業後 大阪に出てきました。警察官になるのが進路のひとつの希望で高校生活時に柔道をしていたこともあり、株式会社 U-rimsで芸能人や要人の身辺警護のお仕事を始めました。弱い自分が嫌で、無我夢中でトレーニングをし、日中は身辺警護、夜はバーや要人の自宅の警護を行い、48時間~96時間寝ずに仕事する生活を数年過ごしました。仕事中の怪我で長期、仕事ができない時期はホテルマンや夜の派遣の工場勤務など、いろいろな仕事の経験を積みたく、貪欲になっていました。

 20歳ごろに、自分が稼いだお金でご飯が食べられるようになるという夢を達成したあと、自分がなぜ生きているかがわからないことに気が付き、自分の生きる意味を見つけることが自分の目標になりました。そして自分は帰れる場所もなく独りぼっちでなんの力もないんだと枕を濡らした日々は忘れられません。 

 仕事をがむしゃらに続ける中で、大阪で必死に誠実に働く中で、自分を大切だと言ってくれる仲間ができて、とてもうれしく感じました。施設に顔を出しに行く日があり、久しぶりに皆と顔を合わせ、改めて、自分には家族がいたんだと感じました。自分は人のために生きようと決めました。自分が生きているのは人のためだったと気が付きました。

​ 24歳ぐらいのことですが、きっかけは私がお世話になった施設がなくなってしまったことでした。自分には帰れる場所がなくなってしまったと感じました。その際に、自分の新しい夢ができました。たくさんの人が生きててもいいと感じられる場所、帰れる場所を作りたい。そう考えていた際に、昔、施設にスタッフとして来られており、3年ほどお世話になったNPO法人 えんの小林代表とお話しする機会があり、NPO法人 えんで働くことになりました。えんで働く中でも、いろいろな方と出会い、ともに働く中で、グループホーム事業が必要だと感じました。小林代表やえんの吉田施設長と相談しながら、一般社団法人  道を立ち上げ、今に至ります。

法人としての想い

 私は皆、生きていてもいいんだと感じられる世界になったらいいなと考えています。生きるとはしんどいことで、大変なことです。生きているだけでとてもすごいことだと思っています。人は自分より下の立場の人を見下してしまったり酷い対応をしてしまうこともありますが、生きているだけでリスペクトを送るべきだと私は思います。実際、生きているということがどれだけすごいことか、わからない人のほうが多いですよね。自分にできることは、なんとか今の環境をよくしたい、生きていてもいいんだ、と感じられるように、人と人として向き合っていきたいと考えています。

 

 いろいろな人生の道を知りたい、こうなりたい、と私に相談される方と関わる中で、いろいろな人生の道を皆が自分で選べるような場所が作りたいと考え、一般社団法人  道を立ち上げました。利用される方も、職員も、お互いにリスペクトを持ち、皆それぞれでいいんだよ、自分は自分でいいんだよ、生きていていいんだよと感じてほしいと考えています。いろいろなことに挑戦し、自分の道を自分で選択し、人生を歩めるようにお話していきたいと思います。私も毎日が挑戦です。相も変わらず、朝も夜もがむしゃらに働いてしまう毎日ですが、私もともに生きていきたいと考えています。最近、働きすぎで病気みたいとよくいじられますが、ついつい仕事をしてしまいます。これも私の性分なんだと思います。ともに歩み、ともに挑戦し、ともに成長し、ともに生きていきます。

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